演出家インタビュー

 今回「ボッコちゃん」をはじめとした星新一のショートショート6編の舞台化に挑んだチョン・インチョルは、いま韓国演劇界を牽引している演出家の一人だ。
一見容易そうに見えて、実は結構ハードルが高い星新一の作品世界を、驚くべき発想で見事にビジュアル化。2017年の初演が高く評価され、韓国の歴史ある演劇賞「東亜演劇賞」で新人賞を飛び越え、いきなり演出賞ほか3冠を受賞する快挙を成し遂げた。
劇場の規模も大きくなって行われた今年の韓国再演は初日から連日完売! 観客の注目度もますます上昇しているなか、一作一作着実に成果を上げている演出家に話を訊いた。
─ 韓国では日本の小説がとても人気が高いですが、星新一作品にはどのようにして出会われたのでしょうか?

「最初はこの作品の映像を担当しているチョン・ビョンモクさんが、数年前に『ノックの音が』という星新一さんの小説を教えてくれました。その本には複数の短編が収録されているのですが、一番最初の書き出しが“ノックの音がした…”という風に書かれているんですよ。ビョンモクさんは以前から星新一さんの小説が好きだったらしいんですが、“こういう風に始まる演劇を作ってみたらどう?” と提案されたんです。そのあと、キム・ヨンハという韓国の小説家が個人的に公開しているポッドキャストで作家が好きだという『ボッコちゃん』を朗読していたのを偶然に聴いて面白いなと思って。そうこうしているときに、韓国ナショナルシアターのあるディレクターに“いまどんな作品がやりたい?”と訊かれたので、“星新一の作品をやってみたい”と答えたんです」

─ 映画にしても小説にしても、日本に比べるとSF作品自体あまり人気がないような印象があります。そんななか、あえてSFに挑んだ理由は?

「韓国にはインターパークという会社があるんですが、KAOS(※注1)という科学財団を作ったんです。その財団主催で、韓国では有名な物理学者のチョン・ジェスン教授の講演と舞台を一緒にやるイベントをやることになり、そこで私が演劇を担当することになりました。物理と脳について2つの作品を上演したのですが、準備する過程でSFに自然と興味を持つようになりました。宇宙や人間の未来について関心が高まっていたなかで星新一さんの小説を読んで、より面白く感じられるようになったんです」

※注1
KAOS(カオス)とは、韓国の大手オンラインモールのひとつ、インターパークが2015年に韓国の基礎科学や数学の普及を目指し、講演、コンサート、出版などを通して大衆化と発展を図るための創設した財団。


─ 数あるショートショートのなかから上演した6作品はどのように選ばれたのでしょうか?

「星新一さんの作品は準備段階でたくさん読んだのですが、そのなかから私たちがいま生きている世界について、とても憂慮しているような内容のものを選びました。韓国公演のタイトルは『私は殺人者です』とつけたんですが、私たちが生きている姿、その中には人間の寂しさも含まれていて、それは結局自分自身やその周辺、ひいては地球までも殺しているのではないか? と考えて、こういうタイトルをつけたんです。それと、上演する作品には含まれていないのですが、この題名に似たショートショートがあるんですよ」

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─ 俳優さんたちとはどうやって稽古を進めていかれましたか?

「本格的に稽古を始める前に、俳優たちと40作くらいのショートショートを一緒に読んでみて、そのなかから6作選んだんです。例えば『宇宙の男たち』は俳優たちが演りたいと言って決まりました。単純に未知の宇宙の話、というだけでなく、そのなかに人生や死などが含まれているところに魅力を感じたようです。こうやってすべてのエピソードを、私一人ではなく、スタッフや俳優たちのアイデアを盛り込み、共同で作り上げていきました。ただ、私がこれまで演出した作品のなかで一番大変でした。初演のときは8作品上演したのですが、話は短いけど、やってもやっても作業が終わらないというか…複数の作品を同時に作っているような感じで(笑)。でもそのおかげで多様なものを作ることができたんです」

─ どのエピソードもとても面白いのですが、一番驚いたのは「知人たち」という作品で、原作では男性の役を女優のイ・ボンリョンさんが演じていて、ジェンダーレスなキャラクターに変化していたことでした。

「エピソードごとにキャストを選んだのではなく、出演俳優を決めてから私たちがやりたい作品を決めていったんです。俳優とエピソードのバランスを取りながら作業を進めていったら自然とそうなっていました。そう、イ・ボンリョンさんが演じた役はもともと青年でしたよね。面白いでしょ(笑)」

─ 舞台美術は真っ黒な背景のなかにセットや小道具などもあまり使わずに進行されていました。これは演出家の代表作『木蘭姉さん』(※注2)の方式と似ているようでしたが?

「最近は他の要素よりも、とにかく俳優が重要だと考えるようになってきています。俳優さえいればあとは何もいらないというか。『おーい、でてこーい』などいくつかのエピソードではセットを使うところを俳優たちに身体を使って演じてもらいました。俳優たちは大変かもしれないけど(笑)、俳優がより魅力的に見えるんじゃないですかね」

※注2
『木蘭(モンナン)姉さん(목란언니)』は、北朝鮮では優秀なアコーディオン奏者だったが騙されて脱北し、韓国にやってきたチョ・モンナンの波乱に満ちた日々を描いた作品。2012年に初演され「大韓民国演劇大賞」作品賞など多数受賞。以降2度再演され、キム・ジョンミン、ユ・ビョンフン、アン・ビョンシク、キム・ミョンギと『ボッコちゃん~星新一ショートショートセレクション~』の俳優たちも出演歴がある。2015年には「韓国現代戯曲ドラマリーディング」で、日本の俳優により朗読上演された。

─ 星新一のショートショートは、読後に何とも言えない不安感を覚えるような作品が多いですが、上演中は客席から何度も笑いが起きていて、ブラックコメディ寄りに作られていると感じました。

「初演のときに観客の方々から“怖い”“ヘンだ”“こんな演劇があるの?”という声があったんですよ(笑)。韓国の観客は1つのエピソードを長くやる作品には慣れているんですけど、短く終わる作品をオムニバスで見せる方式には馴染みがなかったようです。それに、セットも今回よりもっと真っ暗で深い洞窟のような感じにしていたし、衣装も俳優たちのメイクも、もっとダークで奇怪な感じにしていたので観客はみな固まっていました(笑)。それで、今回の再演ではもう少し気楽に見られるようにしたんです」

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─ 初演で見事「東亜演劇賞」の演出賞を受賞されましたが、その後何か変化はありましたか?

「うーん、特に変わったことはないですね(笑)。別に忙しくないし、これまでやっていた通りです。例えば日本では野田秀樹さんのような演出家に代表されると思うのですが、演出家は自身のスタイルを持つのが最も重要だと考えています。私の場合は人より遅れて30代半ばから演出を始めて、10年ほどやってきましたが、受賞後は自分はどうやってそれを作っていくのか? と、自らに問いかけることが増えましたね」

─ では最後に、日本の観客の皆さんがどういう点に集中して観たらよいか、アドバイスをお願いします。

「まず、できれば原作を読んでから見に来てくださるのが一番楽しめる方法だと思います。それが難しければ、あらすじくらいは知っておかれるといいですね。私たちは、星新一さんの作品が1950~60年代から書かれたものだということにとても驚いたし、こういう作品を書ける作家さんが本当に素晴らしいと思いました。演劇として作りながら、それに改めて感嘆したんです。先ほど演出家は自身のスタイルがなければならないとお話ししましたが、星さんは明確に自身のスタイルがある方だと思いました。そこで、最も演劇的な方法で作らなくては、と悩んだ末、各エピソードに合わせて様々なスタイルの作品に仕上げました。私も日本の観客の方々、そして星新一さんのファン、SFファンの方がどういう風に見てくださるのか、とても気になりますね」

─ もし星新一のショートショートシリーズ、パート2の制作依頼が来たら?

「もちろん! 楽しんでやらせてもらいますよ(笑)」



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取材・文:さいきいずみ(韓劇.com)
撮影:キム・ジヒョン(Studio Laon)

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