観劇レポート

星新一のショートショートを韓国で舞台化すると聞き、日本の小説が大人気だとは知っていたものの、星新一の作品までもしっかりと読まれていることに驚かされた。これまで、韓国ではSF作品が非現実的だと敬遠されてきた印象があったからだ。
しかし、ここ数年それが変わりつつあることも実感していた。というのも最近韓国映画、ドラマ、そして舞台でもAI(人工知能)やアンドロイド、ロボットを取り上げたSFファンタジー的な作品が次々と誕生しているのだ。特にAI人気に火をつけたのが、2015年に韓国中を熱狂させ、世界的ニュースにもなったアルファ碁VS韓国のプロ棋士イ・セドルの対局だった。そこからエンターテインメントの世界にまで一気に飛躍してくるのが、さすがはIT大国、韓国らしい。今回『ボッコちゃん』を演出したチョン・インチョルが科学財団の演劇制作依頼からSF作品に興味を持ったのが2015年だったというのも、単なる偶然ではないような気がする。



『ボッコちゃん』の1シーン
『ボッコちゃん』の1シーン

そんな盛り上がりも背景に、2017年11月に『ボッコちゃん~星新一ショートショートセレクション~』は初演された。演出家のインタビューにあるように、観客はシュールな世界観やオムニバス上演スタイルに当惑したというが、観客評の多くは「おもしろかった!」「新鮮だった!」と好評でチケットは完売。今年の再演では劇場のサイズも上がったが、惜しくも初演を観れなかった観客たちも詰め掛け、初日から満員御礼となっていた。ほとんどは星新一の原作を知らずにやってきた観客だったはずだが、それでもこれだけの集客ができていたのは、演出家と俳優の力によるところが大きかった。



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チョン・インチョル インタビュー →
撮影:キム・ジヒョン(Studio Laon)

まず、演出家のチョン・インチョル。いまや韓国演劇界を動かす一人でありながら、その経歴は少々ユニークだ。韓国北東部にある江原道(カンウォンド)出身の彼は、山あいの田舎町で27歳まで農道の水路工事を請け負う仕事をしていたそうだ。演劇などのエンターテインメントにも触れる機会はほぼなかったという彼の人生を変えたのが兵役中のこと。毎週1回演劇を収録した映像を軍隊で見せられたことで興味を抱き、除隊後演劇の名門校のひとつである韓国芸術総合学校演劇院演出科に入学。30代半ばで劇団「突破口」を立ち上げている。脱北女性の悲哀を描いた『木蘭姉さん』、自動車工場の労使問題を取り上げた『黄色い封筒』など、社会問題に切り込んだ作品は多数の演劇賞を受賞。演出家としてはかなりの遅咲きながら、それがいい意味でセオリーにこだわらない柔軟な作品作りとなって瞬く間に頭角を現し、近年は新作を発表するというだけで注目を集める存在となっているのだ。



次に俳優陣は、韓国の演劇ファンが“この面々ならば絶対に見に行く!”という実力派が揃っている。なかでも注目してほしいのがイ・ボンリョンとアン・ビョンシクだ。



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『知人たち』の主人公を演じるイ・ボンリョン

イ·ボンリョンは、チョン・インチョル演出家も大学院時代に師事した韓国演劇界の重鎮の一人、劇団コルモッキルを主宰するパク・グニョン演出家作品のミューズともいえる存在だ。小柄な彼女だが、舞台上での堂々とした台詞回しやキャラクターへの没頭ぶりには、出演作を見るたびに圧倒されてしまう。もちろん本作でもその演技力は健在。特に2番目に上演される『知人たち』は、ほぼ彼女のモノドラマとして構成されており、さすがはイ・ボンリョンと唸らされた。近年はその実力が知れ渡り、日本でもヒットした映画『タクシー運転手』や『バーニング』をはじめ、映画、ドラマへも多数起用されている。彼女の迫力の演技を体感するだけでも、十分に観劇する価値はあるだろう。



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『ひとつの装置』では研究者役のアン・ビョンシク(後方センター)

そしてアン・ビョンシクは、チョン・インチョル演出家のペルソナともいえる個性派俳優だ。劇団「突破口」の団員でもある彼は、演出家曰く「自分が思っていることを身体でよく表現してくれる」と語るほど信頼を置いているようだ。本作では1番目に上演する『ボッコちゃん』では奇抜な恰好でナレーター的役割を。最後の6番目に上演される『ひとつの装置』では、謎の金属製の装置を発明する研究者を、まるでマッドプロフェッサーのように演じていて目を奪われるはずだ。彼は出演した過去の作品でも、どこか狂気をはらんだ破滅的な役柄が多かったのだが、とても温厚で実直そうな雰囲気をもつ演出家が、彼の肉体を媒介にして自己表現していると考えると、なかなか興味深いキャラクターではないだろうか?



この2人以外のキャストも、劇工作所 魔方陣(マバンジン)、劇団ドリームプレイなどチョン・インチョル演出家と同世代の気鋭の演出家たちが主宰する劇団で活躍している、実力はお墨付きの俳優ばかり。韓国では、大ヒット映画になぞらえ、その道の最強軍団のことを“アベンジャーズ”とよく呼ぶのだが、まさに『ボッコちゃん~星新一ショートショートセレクション~』は、いまの韓国演劇界を代表する“アベンジャーズ”が揃った作品なのである。



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韓国演劇界の精鋭が集結(『知人たち』の一場面より)

実は、作品ごとにもっとディテールを説明したいところなのだが、各エピソードが短く、それを言ってしまうと観劇の面白さが半減してしまうため、本稿ではあえて自粛させていただく。少々ヒントを出すならば、劇中では8割がた小説と同様にト書きと台詞が進行されていた。筆者は原作をすべて読んでから観劇に臨んだが、ストーリーを知っていたほうが、何倍も楽しめることを保証する。星新一作品にある程度のイメージが出来上がっている日本人は、こんなアイデアは浮かばない! と思えるほど「こう来たか~っ!」と驚きの連続。それを見事なチームワークで俳優たちが具現化してくれているのでご期待を。
韓国演劇の醍醐味がたっぷり詰まった『ボッコちゃん』、演劇ファンはもちろん、星新一作品ファン、SFファンにこそぜひ体感してほしい。



文:さいきいずみ(韓劇.com)
Photo ©Nah Seung-yeol, provided by National Theater Company of Korea.


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